鼻節神社の創建は古く、延長5年(927年)に撰進された『延喜式神名帳』に陸奥国の「名神大社」として記載されている。平安時代以前から松島湾沿岸の漁民・農民に海上安全と五穀豊穣の神として崇められてきたと伝わり、社名の「鼻節」は岬の先端に鎮座することに由来するとされる。鎌倉時代には源頼朝が奥州攻めの際に当社に戦勝を祈願したとの伝承が残り、武家からの崇敬も集めた。中世以降は地域の鎮守として信仰が続き、江戸時代には仙台藩の崇敬を受けた。東日本大震災(2011年)では社殿の一部が被害を受けたが再建が果たされ、七ヶ浜の鎮守として現在も地域の人々に親しまれている。