清武加納城跡は、15世紀初頭(1400年頃)に築かれたとされる中世の山城で、宮崎市清武町加納の丘陵地に位置する。日向国の戦国大名・伊東氏が広域支配を確立する過程で整備した「四十八城」の一つに数えられ、重臣・加納氏の居城として機能したと伝わる。清武川流域の平野を一望できる要害の地に築かれ、伊東氏の南部支配における重要拠点として機能した。16世紀後半、島津氏が北上して日向国への侵攻を本格化させると、同城はその攻防の舞台となった。1578年(天正6年)の耳川合戦を経て島津氏が日向国を制圧すると、城としての機能を失い廃城となったとされる。近世以降は城郭としての利用はなく、現在は土塁や曲輪の痕跡が丘陵上…