聖地マップ
みんなの投稿
記録
辿る
マイページ
‹
長崎県
Toku
島原城
長崎県
元和4年(1618年)から7年の歳月をかけて松倉重政が築いた島原藩の居城
創建
1625 年
種別
史跡
アクセス
島原鉄道島原駅から徒歩10分
長崎県島原市城内1丁目1183-1
Google Map で開く ↗
基本情報
史跡
創建 1625年
401年目
概要
元和4年(1618年)から7年の歳月をかけて松倉重政が築いた島原藩の居城。雲仙普賢岳を背景にそびえる白亜の五重天守が壮観な景観を形成する。過酷な築城負担とキリシタン弾圧が重なり、寛永14年(1637年)の「島原の乱」の遠因となった歴史的城郭。明治期に解体され昭和39年(1964年)に再建された現天守には、島原の乱やキリシタン関連の資料を展示する史料館が設けられている。長崎を代表する観光地として国内外から多くの観光客が訪れる名城。
由緒
1625年に松倉重政が7年かけて築城。過酷な普請が島原の乱の遠因ともなった。現天守は1964年に再建。
史
関連する歴史的事件
— 1
1584 年
沖田畷の戦い
1584年(天正12年)、肥前国島原(現在の長崎県島原市)の沖田畷において、島津家久率いる島津軍が龍造寺隆信率いる龍造寺軍を大破した戦い。九州の覇権をめぐる両雄の決戦で、龍造寺隆信は島津方の罠にはまり泥沼地帯に誘い込まれて壊滅的打撃を受け、隆信自身も討ち取られた。これにより肥前の雄・龍造寺氏は急速に衰退し、以後は鍋島直茂が実権を握る形で勢力を維持した。島津氏はこの勝利でさらに九州制覇に近づき、大友氏と並ぶ二大勢力との対決へと向かっていった。
もっと詳しく →
みんなの投稿
0
+
まだ投稿がありません
あわせて巡りたい
島原城
松倉重政が築いた島原藩の居城
880m
→
島原武家屋敷街
清流の水路が流れる江戸の武家景観—1616年築の島原藩「鉄砲町」が今も息づく
475m
→
島
島原湧水群神社
島原市内に点在する湧水群に隣接する神社
645m
→
島原湧水群
60余箇所から1日22万トンが湧く「水の都」—雲仙岳の伏流水が育む島原の鯉のまち
1.3km
→
記
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
›
事実と違う内容を報告
›
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
+
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
✕