南湖公園は、寛政12年(1800年)から翌享和元年(1801年)にかけて、白河藩主・松平定信によって築造された。定信は老中首座として寛政の改革を主導した人物であり、藩政においても「士民共楽」の理念を掲げ、武士と庶民が身分を問わず共に憩える庭園を白河城南の地に造営した。周囲約2kmの南湖を中心に、松林・芝生・茶室などを配した大名庭園でありながら、当初より広く一般に開放されていたことから、日本最古の公共公園とされる。明治維新後は旧藩の庇護を離れたが、地域の人々によって維持・管理が続けられた。近代以降は公園として整備が進み、湖畔の桜並木は福島県内有数の花見の名所として知られるようになった。昭和時代に…