文永元年(1264年)11月、故郷の安房に戻っていた日蓮は、念仏を信奉する地頭・東条景信の一党に小松原(現在の鴨川市内)で襲撃され、額に刀傷を受け左手を折る重傷を負った。これが日蓮の生涯における四大法難の一つ「小松原法難」で、弟子の鏡忍房や信徒の工藤吉隆らが命を落としたと伝わる。傷ついた日蓮を里人が綿帽子で手当てしたという伝承から当寺は「お綿帽子の祖師」と呼ばれ、刃の難を免れた故事にちなんで「剣難除けの祖師」として信仰を集める。建治3年(1277年)に中老僧・日家が堂を建てたのを起こりとし、境内には日蓮ゆかりの松と霊水が今も伝わる。