二本松城は応永21年(1414年)、畠山満泰が二本松に築城し、以後二本松(畠山)氏7代の居城となった。天正14年(1586年)、父・輝宗を殺された遺恨もあった伊達政宗が攻略し、二本松氏は滅亡した。豊臣秀吉の奥州仕置後は蒲生氏・上杉氏の支城として城代が置かれ、寛永20年(1643年)に丹羽光重が10万700石で入封して近世城郭として整備、以後幕末まで丹羽氏の居城となった。慶応4年(1868年)の戊辰戦争では、藩主・丹羽長国が不在のなか家臣たちが新政府軍に抵抗。兵力不足から12歳から17歳の少年62名が出陣し、多くが戦死した。この悲劇は二本松少年隊として語り継がれている。明治6年(1873年)の廃…