創建年代は不詳であるが、日本神話において海幸山幸物語の主人公として知られる天津日高彦穂々出見命(山幸彦)を主祭神として祀り、古代より薩摩国の総鎮守として格式を持つと伝わる。平安時代中期に編纂された『延喜式』(927年)の神名帳には名神大社として列格され、国家的な祭祀の対象となった。境内に隣接する可愛山陵(えのみやのみささぎ)は彦火火出見尊の御陵と伝わる皇室ゆかりの聖地であり、古来より特別な崇敬を集めてきた。中世には薩摩を支配した島津氏が戦勝祈願に訪れるなど、武家からの崇敬も厚く、社勢を維持した。近世においても薩摩藩の保護を受け、「薩摩一宮」としての地位は揺るがなかった。明治時代には近代社格制度…