慶長6年(1601年)、高橋元種が現在の宮崎県延岡市に延岡城を築いたのが始まりである。高橋氏改易後、延岡藩には有馬氏が入封し、その後17世紀半ばに内藤氏が藩主となって明治維新まで続いた。内藤氏は約200年にわたり延岡を治め、城下町の整備と藩政の安定に努めた。城の象徴的な遺構である「千人殺しの石垣」は、内側から上部の要石を外すことで石垣全体が崩落する仕組みを持ち、攀じ登る敵兵を一度に殲滅できるとされた独特の防御機構である。明治維新後、廃藩置県を経て城郭建造物は解体・撤去され、天守をはじめとする主要建築物は失われた。その後、城山一帯は城山公園として整備され、市民の憩いの場および歴史的観光地として今…