府内城は慶長2年(1597年)、豊後の戦国大名・大友義統が現在地への築城を開始したとされる。しかし義統は関ヶ原の戦い(1600年)に際して改易となり、その後入封した竹中重利が城郭を本格的に整備・完成させた。城は内堀と石垣を備えた近世城郭として府内(現・大分市)の政治的中心に位置し、「大分城」とも称された。江戸時代には日根野氏・松平氏など複数の藩主が交代し、府内藩の藩庁として機能し続けた。明治維新後の廃城令(1873年)により建造物の多くが失われ、天守も含む主要な構造物は取り壊された。第二次世界大戦後、城跡は大分城址公園として整備され、市民の憩いの場となった。20世紀後半以降、廊下橋・宗門櫓・人…