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沖島
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沖島
滋賀県
創建
1183
種別
史跡
アクセス
近江八幡市堀切港から定期船で約10分/JR近江八幡駅からバスで堀切港下車
滋賀県近江八幡市沖島町
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基本情報
史跡
創建 1183
843年目
概要
滋賀県近江八幡市に属する琵琶湖最大の島で、面積約1.53平方キロメートル、周囲約6.8キロメートル。世界でも珍しい「淡水湖の有人島」として知られ、現在も約200人の住民が漁業を中心とした暮らしを営む。寿永2年(1183年)の源平合戦で源氏に敗れた平家の落武者七人(茶谷・吉田・島・安田・渡辺・南・田端の各氏)が安住の地を求めてこの島にたどり着いたのが定住の始まりと伝えられ、現在もこれら七姓を継ぐ家が島に残る。島内には奥津嶋神社が鎮座し、宗像三女神の一柱・奥津島比売命を祀る古社として湖上交通の安全と漁業の繁栄を見守ってきた。境内には源氏に追われた平家の落人が建てたとされる本殿が残る。江戸時代には湖魚の漁業と石材採掘で栄え、最盛期の昭和20年代には800人以上が暮らしたが、過疎化により住民は徐々に減少している。日本で唯一「離島で島民が小学校に通うために船で通う」場所として知られ、島の小学校は現在…
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由緒
沖島の歴史は古代に遡るとされ、奥津嶋神社の祭神・奥津島比売命は『古事記』『日本書紀』にも記載がある宗像三女神の一柱で、この島と神話上の関係を持つとされる。考古学的には縄文時代から人が訪れていた痕跡が島内の遺跡から確認されている。本格的な定住の開始は寿永2年(1183年)の源平合戦に伴う平家の落人伝承に基づき、源頼朝の挙兵に追われた平家方の七姓(茶谷・吉田・島・安田・渡辺・南・田端)の武士たちが沖島に逃れ住み着いたと伝えられる。中世には湖上交通の要衝として、また織田信長の安土城築城(1576年)の際には島内産出の石材が城郭建設に使われたことも記録されている。江戸時代には膳所藩・彦根藩の漁業権の下…
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源頼朝とのつながり
沖島への定住は、頼朝の挙兵によって追われた平家の落人に始まる。寿永2年(1183年)の源平合戦で敗れた平家方の七姓が、追手を逃れてこの琵琶湖の孤島に辿り着き定住したと伝えられる。頼朝による武家支配の確立が、遠く近江の湖上にひとつの集落を生んだ。

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