JR琵琶湖線「近江八幡駅」から近江鉄道バス「長命寺」下車、徒歩約20分(808段の石段)
滋賀県近江八幡市長命寺町157
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病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「千手観音・十一面観音・聖観音 三尊(重文)」のご神徳に由来
滋賀県近江八幡市長命寺町、琵琶湖東岸の長命寺山(標高333m)中腹に伽藍を構える天台宗系単立寺院で、西国三十三所第三十一番札所。寺伝によれば景行天皇の御代、武内宿禰がこの山中の柳の大木に「寿命長遠諸願成就」の文字を彫って長寿を祈願したところ三百年余の長寿を得たとされ、後の推古天皇27年(619年)にこの地を訪れた聖徳太子がその柳の霊木で千手観音・十一面観音・聖観音の三尊を刻み本尊として安置、「長命寺」と名付けたという。確実な史料初見は承保元年(1074年)。永正13年(1516年)の合戦で全山焼失したが大永2年(1522年)から復興。現本堂(重要文化財)は大永4年(1524年)、三仏堂・三重塔(重要文化財)は慶長2年(1597年)の再建。808段の石段で名高く、長寿祈願の霊場として信仰を集める。
寺伝では景行天皇の御代、武内宿禰がこの山中の柳の大木に「寿命長遠諸願成就」の文字を彫って長寿を祈願したところ三百年余の長寿を得たとされ、推古天皇27年(619年)に当地を訪れた聖徳太子がその柳の霊木から千手観音・十一面観音・聖観音の三尊を刻み、本尊として安置して「長命寺」と名付けたという。確実な史料上の初見は承保元年(1074年)。平安後期に伽藍が整備され、源頼朝の寄進も伝わる。永正13年(1516年)に伊庭氏と六角氏の合戦で全山焼失するが、大永2年(1522年)から復興が進む。現本堂は大永4年(1524年)の再建で重要文化財、三仏堂・三重塔(いずれも重要文化財)は慶長2年(1597年)の再建…
平安後期に伽藍が整備されたこの地に、源頼朝が寄進を行ったと伝わる。琵琶湖東岸の長命寺山中腹に建つ西国三十三所第三十一番札所は、武内宿禰の伝説に由来する長寿祈願の霊場であり、頼朝の寄進はこの古刹が武家からも厚く信仰された一例として語り継がれる。
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