大久保利通(1830〜1878年)は鹿児島城下加治屋町に生まれ、薩摩藩士として幕末の政局を主導した。西郷隆盛・木戸孝允とともに「維新の三傑」と称され、明治政府の樹立に中心的役割を果たした。明治6年(1873年)の征韓論争では西郷らと決裂し、以後は内務卿として内務省を設立、殖産興業・地租改正など近代国家建設を強力に推進した。明治11年(1878年)5月14日、東京紀尾井坂において石川県士族らに暗殺され、享年47歳であった。遺体は東京青山墓地に葬られたが、郷里鹿児島の南洲墓地にも分骨が納められ、同年に墓所が設けられた。南洲墓地には西郷隆盛をはじめ西南戦争の戦死者も多く眠り、かつては政治的対立関係に…