串木野金山は、慶長年間(1596〜1615年)頃に島津氏によって開発が始まったと伝わり、江戸時代初期には薩摩藩の重要な財源として本格的な採掘が行われるようになった。島津家は藩政の安定と近代化推進のため、この金山を積極的に経営し、産出した金は藩の財政を長期にわたり支えたとされる。明治維新以降も採掘は継続され、近代的な採掘技術が導入されるとともに生産体制が強化された。昭和期に入っても操業は続けられたが、資源の枯渇と採算性の低下により、1985年(昭和60年)についに閉山した。約400年にわたる操業期間中の総産金量は約36トンに達し、西日本屈指の金山として知られる。閉山後は観光坑道「薩摩金山蔵」とし…