鬼鎮神社は寿永元年(1182)、武将畠山次郎重忠が菅谷館を築く際に、館の北東の鬼門除け守護神として奉斎したと伝えられます。祭神は衝立久那止命・八衢比古命・八衢比売命の三柱で、主神の衝立久那止命は伊弉諾命が黄泉国から帰還した折の禊祓いの際に生まれた神とされ、悪魔祓いや家内安全の神として崇められています。鬼を祀る神社は全国でもきわめて珍しく、境内には赤鬼・青鬼の像が並び、節分祭では「鬼は内、福は内、悪魔外」と唱えながら豆をまく独自の作法で知られます。江戸期には川島地区の「村持ちの社」として機能し、近世の戦時には出征兵士による武運長久祈願が寄せられました。鬼を「強さ」と「勝利」の象徴として捉えるため…