鬼ヶ城の名は、平安時代前期に活躍した坂上田村麻呂にまつわる説話に由来する。熊野灘を拠点とした伝説的な海賊・多娥丸(タガサルマロ)がこの奇岩群を根城とし、弘仁元年(810年)頃に征夷大将軍・坂上田村麻呂によって討伐されたと伝わる。「鬼ヶ城」という名はこの伝承に基づく。地質学的には、長年にわたる熊野灘の波浪侵食と地殻変動によって形成された海食洞窟・岩棚が約1kmにわたって連続する景観を呈する。近代に入り地域の景勝地として広く知られるようになり、1929年(昭和4年)に国の天然記念物・名勝に指定された。さらに2004年(平成16年)には世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として登録され、歴史…