御嶽信仰は江戸時代中期に関東地方で爆発的に広まった庶民信仰で、木曽御嶽山(長野・岐阜県境)の山岳霊場への参詣が盛んになるとともに、各地に御嶽講が結成され、里山に御嶽神社が勧請された。南六郷の御嶽神社も、この御嶽信仰の広がりのなかで地域の講中によって創建されたと伝えられる。御嶽山は国常立尊・大己貴命・少名彦名命を祀る山岳の霊峰として、病気平癒・無病息災・農業豊穣の神として信仰された。多摩川沿いの南六郷では、漁業や農業に従事する庶民が御嶽信仰に帰依し、地域の守護神として崇敬してきた。明治以降も御嶽講の活動は続き、地区の氏子が神事を守り伝えてきた。近代の都市化を経た現在も、地域住民の精神的な支えとし…