社伝によれば、寿永・文治年間の源平合戦において平家追討のため西下した源義経が、平家が布陣する彦島を望む有明山(大歳山)に富士浅間の神・大歳御祖大神を勧請し、二夜の沐浴潔斎ののち桑の弓矢で開戦の矢文を放って戦勝を祈願したという。文治元年(1185年)3月、壇ノ浦の戦いで平家は滅び、翌文治2年(1186年)、義経の祈願の様に感じ入った四軒の漁民が神祠を建てて祀ったのが創祀と伝わる。以来、武運長久の神として崇敬され、幕末の元治元年(1864年)には高杉晋作が結成した奇兵隊の旗揚げに際し軍旗が奉納された。下関で唯一、源氏にゆかりをもつ神社として知られる。