大阪市中央区本町橋に位置する江戸幕府の町奉行所跡。大坂町奉行所は寛永2年(1625年)に設置され、大坂市中を東西に分けて管轄した。西町奉行所は大坂市中の西部(堂島・船場西部・靱・阿波座など)を管轄し、東町奉行所とともに江戸から250年以上にわたり大坂市政・司法・警察を担った。西町奉行所は当初現在の本町橋付近に置かれ、歴代の奉行には大塩平八郎事件(天保8年・1837年)に関わった者も含まれる。大塩平八郎は西町奉行所の元与力(幕府の下級役人)で、陽明学を修め、天保の大飢饉に際して奉行所の対応に憤慨し「救民」の旗印のもと挙兵した幕末史の転換点の一つ。奉行所は明治維新で廃止され、現在は「マイドームおおさか」(大阪商工会議所)付近に跡地の石碑が立つ。大坂三百年の都市行政と大塩の乱を偲ぶ貴重な史跡。