暦応2年(1339年)、室町幕府初代将軍・足利尊氏が全国各地に建立した安国寺のひとつとして創建された。当初は戦乱で荒廃した時代の鎮魂と国家安泰を祈る道場とされた。その後、備中松山城主・上野頼久が寺を中興した際、頼久の名をとって「頼久寺」と改称されたと伝わる。慶長9年(1604年)から元和3年(1617年)にかけて、武将茶人・小堀遠州が備中国奉行として高梁の地に赴任。この時期に遠州が境内に枯山水庭園を自ら作庭したとされ、鶴島・亀島・蓬莱山を配した構成は遠州流美意識の集大成として高く評価される。明治の廃仏毀釈を乗り越え、昭和27年(1952年)には庭園が国の名勝に指定され、備中における茶の湯文化の…