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頼久寺
岡山県
高梁市頼久寺町に位置する臨済宗永源寺派の古刹
創建
1339
種別
寺院
アクセス
JR備中高梁駅から徒歩約15分
岡山県高梁市頼久寺町18
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基本情報
寺院
創建 1339
687年目
宗派
臨済宗永源寺派
概要
高梁市頼久寺町に位置する臨済宗永源寺派の古刹。暦応2年(1339年)に足利尊氏が安国寺として諸国に建立した寺のひとつが起源で、後に備中松山城主・上野頼久がこの寺を中興し、「頼久寺」と改称された。境内の鶴亀蓬莱式枯山水庭園は、江戸時代初期の武将茶人・小堀遠州が備中国奉行として赴任した際(1604-1617年)に自ら作庭したと伝わり、国の名勝に指定されている。鶴島・亀島と刈込の山並みが織りなす構図は遠州の作庭術の粋を示し、日本庭園史に燦然と輝く名園。遠州の禁欲的美意識を体現する枯山水として、京都の庭園に比肩する価値を持つ。
由緒
暦応2年(1339年)、室町幕府初代将軍・足利尊氏が全国各地に建立した安国寺のひとつとして創建された。当初は戦乱で荒廃した時代の鎮魂と国家安泰を祈る道場とされた。その後、備中松山城主・上野頼久が寺を中興した際、頼久の名をとって「頼久寺」と改称されたと伝わる。慶長9年(1604年)から元和3年(1617年)にかけて、武将茶人・小堀遠州が備中国奉行として高梁の地に赴任。この時期に遠州が境内に枯山水庭園を自ら作庭したとされ、鶴島・亀島・蓬莱山を配した構成は遠州流美意識の集大成として高く評価される。明治の廃仏毀釈を乗り越え、昭和27年(1952年)には庭園が国の名勝に指定され、備中における茶の湯文化の…
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