履中天皇陵(石津ヶ丘古墳)は、大仙陵古墳(仁徳天皇陵)・上石津ミサンザイ古墳(反正天皇陵)とともに「百舌鳥古墳群」を構成する5世紀前半の巨大前方後円墳である。全長365mは日本第3位の規模を誇り、墳丘は三重の濠に囲まれている。宮内庁が第17代履中天皇(在位400年代前半)の陵墓として治定し、古事記・日本書紀によれば履中天皇は仁徳天皇の長男で、在位中に「国記」の製作を命じたと伝わる。古墳の被葬者については諸説あるが、墳丘の規模・副葬品・築造技法から大王(おおきみ)クラスの権力者の墓であることは疑いなく、ヤマト政権が大阪湾岸に権力を誇示した時代を証言する。令和元年(2019年)にユネスコ世界文化遺…