7世紀末から8世紀初頭、律令制の整備に伴い肥前国府が現在の佐賀市大和町久留間周辺に設置された。国府は国司が常駐する地方行政の中枢として、政務・軍事・徴税などを統括し、近隣に建立された国分寺・国分尼寺とともに古代肥前国の統治機構を担った。奈良・平安時代を通じて行政拠点として機能し、空海(弘法大師)が大宰府へ向かう途上にこの地を訪れたとの伝承も残る。中世以降、律令制の衰退とともに国府としての機能は失われ、やがて廃絶したとされる。近代以降、学術的な関心が高まり、発掘調査が実施された結果、正殿・脇殿・回廊などの遺構が確認され、奈良・平安期の地方統治の実態を示す重要な史跡として評価されている。現在も継続…