真言宗智山派の寺院で、山号は華林山、院号は最勝院慈恩寺という。永正元年(1504)、慈恩寺(岩槻)の僧・奝尊が慈恩寺を退いて当地に創建したと伝わる。慶安元年(1649)には幕府から寺領15石の御朱印状を受領し、近隣に末寺を擁する本寺格の地位を確立した。本堂西側の墳丘は、南朝の臣として後醍醐天皇に仕えた春日部重行の墓所とされる。重行は足利尊氏方との戦いに敗れて京都で自刃したと伝えられ、遺骨が最勝院に運ばれて葬られたとされる。この付近は「寺町」と呼ばれ、複数の寺院が集まって往時の粕壁宿の面影を残している。粕壁の地名・春日部の名称の由来とされる武将が眠る、歴史的に重要な寺院である。