応永33年(1426年)、当地の領主・金子大成が曹洞宗の高僧・月江正文禅師に帰依し、自ら剃髪して幻公庵主と称し、居城の大成館を寺院に改めたのが始まり。山号の「大成」は金子大成と大成館の地名に由来する。
境内には小栗氏の先祖代々の墓所がある。小栗忠順(上野介、1827-1868年)は幕末の名奉行・勘定奉行として、横須賀製鉄所の建設・日本初の株式会社設立・フランス式軍制改革などの近代化事業に尽力した先覚者であったが、慶応4年(1868年)に新政府軍により取り調べもなく斬首されるという非業の最期を遂げた。
昭和の文豪・井伏鱒二は当寺を訪れ、42世住職・唯一道山和尚が寺の復興と小栗忠順の汚名をそそ…