埼玉県における英霊祭祀は明治10年(1877年)の西南戦争に始まる。県内出身者70余名の戦死を受け、同年11月に慰霊祭が斎行された。日清・日露戦争で戦没者が増加し、昭和6年(1931年)の満州事変により英霊の数が2600柱を超えたことから、常設の招魂社建設が計画された。
昭和9年(1934年)4月9日、近衛師団長朝香宮殿下臨席のもと鎮座祭が行われ「埼玉県招魂社」として大宮公園内に鎮座。昭和14年(1939年)に「埼玉縣護國神社」と改称し指定護国神社となった。戦後一時「埼霊神社」と改称されたが、昭和27年(1952年)に現名に復した。