康平6年(1063年)、鎮守府将軍源頼義が前九年の役を平定して凱旋する際、大空に八条の白雲がたなびくのを八幡大神の加護と感得し、京都の石清水八幡宮から御分霊を勧請して創建したと伝わる。子の源義家(八幡太郎)も社殿を修築し、境内に千本の若松を植えて武運長久を祈ったとされる。武家の守護神として源氏との深い縁を持ち、中世以降「武蔵国八幡一之宮」とも称される格式を誇った。昭和62年(1987年)の境内発掘調査では弥生時代の祭祀遺跡が確認され、この地が古代から聖域であったことが裏付けられた。現在は別表神社に列せられ、社叢は東京都天然記念物に指定されている。安産・子育ての御利益で知られ、戌の日には遠方から…