ホーム
>
都道府県から探す
>
埼玉県
>
さいたま市
>
東武アーバンパークライン(野田線)北大宮駅
>
多子稲荷大明神
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
多子稲荷大明神
埼玉県
天保四年(1833年)の棟札が「正一位多子稲荷大明神」の神号を証する大宮の村社——明治二十七年に日本鉄道大宮工場の煤煙を避け遷座し土手宿の鎮守として百年以上を生き抜いた稲荷の社
種別
神社
アクセス
東武アーバンパークライン(野田線)北大宮駅から徒歩約7分(約500m)。JR大宮駅東口から徒歩約16分(約1.3km)
埼玉県さいたま市大宮区土手町2丁目97番地
Google Map で開く ↗
概要
埼玉県さいたま市大宮区土手町に鎮座する稲荷神社で、社号の「多子(たご)」の由来は史料上不詳である。天保四年(1833年)の棟札には「正一位多子稲荷大明神」の神号が記され、朝廷が諸神に授与する最高神位・正一位が当時すでに称されていたことが確認できる。旧社格は村社(明治四年〔1871年〕列格)。祭神は京都・伏見稲荷大社の分霊とされる稲荷神(宇迦之御魂神)で、農業・商売繁盛・産業の守護として地域住民の信仰を集めてきた。 この社の歴史で特筆されるのは、明治二十七年(1894年)の遷座である。日本鉄道大宮工場(現・JR東日本大宮総合車両センター)が設置されると、蒸気機関車の煤煙と火の粉が境内に降り注ぐようになり、氏子の協議により旧社地の字下西耕地から現社地の字下東耕地へと移転した。近代産業化の波が小さな村の鎮守の立地そのものを変えた、大宮の近代史を映すエピソードである。 昭和二十八年(1953年…
もっと読む
由緒
多子稲荷大明神が鎮座する土手宿村は、文禄三年(1594年)に大宮村(現・大宮区吉敷町周辺)から分立した村で、中山道が村の中央を南北に貫く交通の要衝であった。江戸期の土手宿村は田二町五反余・畑八町九反余を有する農村で、村の鎮守として稲荷神が祀られてきたが、その創建年代は不詳である。 現存する最古の物的証拠は天保四年(1833年)の棟札で、「奉正遷宮正一位多子稲荷大明神」と記されている。「正一位」は朝廷が諸神に授与する最高神位であり、多くの伏見稲荷の分社が江戸時代にこの神位を称していた。 明治四年(1871年)、神社整理令のもとで村社に列格。同二十七年(1894年)、日本鉄道会社が大宮機関庫(…
もっと読む
ご利益
商売繁盛
五穀豊穣
出世開運
事業繁栄・開店繁盛・取引成功。稲荷神社や恵比寿神社で広く祈願される。
御祭神「稲荷神(宇迦之御魂神)。伏見稲荷大社(京都)の分霊」のご神徳に由来
みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
あわせて巡りたい
武蔵一宮氷川神社
孝昭天皇の代に創建と伝わる2400年超の歴史を持つ武蔵国一宮・全国約280社の氷川神社総本社で大宮の地名の由来となり約2kmの日本一長い欅並木参道が有名
329m
埼玉縣護國神社
昭和9年(1934年)に大宮公園内に創建された旧指定護国神社・明治10年の西南戦争以来の英霊を祀り武蔵一宮氷川神社に隣接する緑深い境内に特攻勇士の像が建つ
384m
事代主神社
久喜宿の商業を守った、恵比寿神・事代主命を祀る日光街道の守護社
519m
大宮盆栽村鎮守社
大正12年(1923年)の関東大震災で被災した東京の盆栽職人が移住して大宮盆栽村を形成した際に鎮守として創建された社・境内に奉納された松の盆栽が信仰と盆栽文化の融合を伝える
1.3km
東光寺
紀伊熊野三山・青岸渡寺の僧・祐慶が開山した曹洞宗の古刹・中山道大宮宿の宿場時代から旅人の信仰を集め室町時代中期に天台宗から改宗した熊野信仰の武蔵国への伝播を示す寺院
451m
庚申神社
大宮駅西口から徒歩5分、桜木町に鎮座する猿田彦命を祀る神社
1.3km
千形寺
大宮の地で農村から都市へと変貌するさいたまの歴史とともに歩んできた不動明王を本尊とする真言宗智山派の古刹・地域住民の先祖供養と信仰の中心を担う
943m
宗像神社
埼玉県さいたま市北区土呂町二丁目に鎮座する神社で、「見沼七弁天」の一社として地域に親しまれてきた
1.8km
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
事実と違う内容を報告
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード