文久3年(1863年)10月、高杉晋作が幕末勤王運動で命を落とした志士を祀る招魂場の設立を提唱し、翌元治元年(1864年)1月23日に下関の新地にある「桜山」が長州藩によって正式に用地として選定された。社殿の完成は慶応元年(1865年)8月3日。当初は「桜山招魂社」と称し、昭和期に「桜山神社」と改称された。この施設の最大の特徴は、武士・農民・商人・職人を問わず志士を等しく同じ高さの霊標(石碑)で祀るという平等主義にあり、吉田松陰の思想を体現するものであった。明治2年(1869年)に東京招魂社(現・靖国神社)が設立される際、桜山の理念と様式が直接の範となったとされており、日本の招魂・護国の信仰史…