741年(天平13年)、聖武天皇の詔により全国に国分寺・国分尼寺が建立された際、陸奥国分寺も現在地周辺に創建されたとされる。奈良時代の伽藍は七重塔・金堂・講堂などを備えた大規模なものであったと伝わり、現在もその礎石や塔跡が境内周辺に残る。平安時代以降、東北地方の戦乱や火災により伽藍は次第に荒廃したとされる。中世には陸奥国の政情不安が続き、寺院の維持は困難を極めたと考えられる。近世に入り、1607年(慶長12年)に仙台藩初代藩主・伊達政宗が薬師堂を再建した。政宗は薬師如来への深い信仰を持ち、桃山様式の華麗な意匠を凝らした堂宇を造営したとされる。この薬師堂は後に国の重要文化財に指定され、桃山建築の…