下侍塚古墳
下侍塚古墳
栃木県
徳川光圀が命じた日本初の学術発掘の舞台となった前方後方墳
創建
390 年
種別
古墳
参拝済
行きたい
アクセス
JR東北本線・野崎駅または黒磯駅からタクシー約15分。周辺に那須風土記の丘湯津上資料館(大田原市湯津上192)がある。
栃木県大田原市湯津上670
Google Map で開く ↗
基本情報
古墳
創建 390
1636年目
概要
栃木県大田原市湯津上、那珂川と箒川に挟まれた台地上に築かれた墳丘長84メートルの前方後方墳。北方約700メートルにある上侍塚古墳とともに「侍塚古墳」として国の史跡に指定されている。元禄5年(1692年)、水戸藩主・徳川光圀の命により、家臣・佐々宗淳(介三郎)らが発掘調査を実施。銅鏡や刀剣、甲冑片、土師器などが出土し、調査後は遺物を木箱に納めて丁重に埋め戻し、墳丘保護のため松を植えるという配慮がなされた。この調査は記録が残る日本最古の学術的発掘として知られ、「日本考古学発祥の地」と呼ばれる。1975年(昭和50年)には圃場整備に伴うトレンチ調査も行われている。
由緒
古墳時代中期初頭、4世紀末葉頃の築造と推定される。元禄5年(1692年)の徳川光圀による発掘記録『湯津神村車塚御修理』が現存し、日本考古学史上最初期の学術調査として位置づけられる。1951年(昭和26年)6月9日、上侍塚古墳とあわせて史跡「侍塚古墳」として国の史跡に指定された。
みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
事実と違う内容を報告
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
アプリで見る
アプリで巡礼を楽しむ
アプリで見る