秩父三十四所観音霊場の第2番札所で、山号を大棚山と称します。大棚禅師が一人の老婆の供養のために建立したのが起源と伝えられており、老婆がある日一本の竹の杖を残して忽然と姿を消したため禅師が堂を建てたのが始まりとされます。当初は秩父33ヶ所の一寺でしたが、長享年間(1487〜1489)の水害を機に一旦は札所から外れ、その後信者の強い要望を受けて34番目の札所として復活したとされ、これが秩父三十四所成立の経緯の一つとされています。江戸時代初期に現在地(秩父市山田)へ移転し大伽藍を構えましたが、万延元年(1860)の火災で焼失。現在の観音堂は明治41年(1908)に再建されたもので、入母屋造銅葺屋根の…