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白石城(益岡城)
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白石城(益岡城)
宮城県
創建
1591
種別
アクセス
JR東北本線白石駅から徒歩約15分
宮城県白石市益岡町1-16
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基本情報
創建 1591
435年目
概要
伊達政宗の重臣・片倉小十郎景綱が居城とした城。白石城は政宗の仙台入城後、片倉氏が白石城主として入城し、以来幕末まで片倉氏の居城であり続けた。江戸時代、徳川幕府による一国一城令が施行された後も、白石城は仙台藩の「準城」として存続を許された数少ない城の一つである。片倉小十郎は政宗の軍師として知られ、関ヶ原の戦いや大坂の陣でも活躍した。現在、天守閣は1995年に木造で復元され、城跡は益岡公園として整備されている。片倉氏の遺構も多く残り、戦国武将ゆかりの地として観光名所となっている。
由緒
白石城の前身は、16世紀中頃に白石氏が築いた城館に遡るとされる。1591年(天正19年)、伊達政宗が白石地方を制圧し、その家臣が城を接収した。1602年(慶長7年)、政宗が仙台に本拠を移すと、重臣・片倉小十郎景綱が白石城主として入城し、城郭を整備・拡充した。以来、白石城は幕末まで約270年にわたり片倉氏の居城であり続けた。1615年(元和元年)、徳川幕府が一国一城令を発布した際にも、白石城は仙台藩の「準城」として例外的に存続を認められた。幕末期には戊辰戦争(1868年)の舞台ともなり、奥羽越列藩同盟の会議が白石城下で開かれた。明治維新後の廃城令により天守をはじめとする建造物は解体・撤去されたが…
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伊達政宗とのつながり
白石城は政宗の右腕・片倉小十郎景綱の居城として、政宗が整備した城。1591年に政宗が白石城を押さえ、腹心の片倉氏を城主に据えたことで仙台藩南端の要衝を固めた。徳川幕府の一国一城令後も仙台藩の「準城」として残存を認められた稀有な城であり、政宗が築いた家臣団体制の象徴的存在である。

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