JR東北本線水沢駅から車で約25分
岩手県奥州市水沢黒石町正法寺129
Google Map で開く ↗
東北初の曹洞宗寺院として正平3年(1348年)に無底良韶禅師が開いた古刹で、正式には大梅拈華山圓通正法寺と号する。1350年には後村上天皇から綸旨を賜り「出羽・奥州の第三本山」として永平寺・總持寺に次ぐ格式を認められた、東北曹洞宗の中核的存在。本堂は文化8年(1811年)の再建で、棟高約26m・床面積約720坪に及ぶ日本最大の茅葺屋根として知られ、庫裏・惣門とともに国の重要文化財に指定されている。本堂の壮大な茅葺は遠目にも目を奪う威容で、東北仏教建築の代表として広く知られ、座禅会や法要が今も続けられている。曹洞宗が瑩山紹瑾・峨山韶碩を経て東北に伝播した歴史的画期を示す寺院。
正法寺は正平3年(1348年)、無底良韶禅師によって陸奥国胆沢郡黒石郷(現・岩手県奥州市水沢黒石町)に開創された曹洞宗の寺院である。無底良韶は曹洞宗開祖・道元禅師から数えて六代目にあたる禅僧で、總持寺二祖・峨山韶碩の高弟25人(峨山二十五哲)の一人として知られる。正法寺の創建は道元によって永平寺がもたらされた純粋な曹洞禅が、能登の總持寺を経て東北の地に伝わった歴史的画期を示しており、東北における初の曹洞宗寺院として後の禅宗東北布教の礎となった。観応元年(1350年)には後村上天皇より綸旨を賜り、「出羽・奥州の第三本山」として永平寺・總持寺に次ぐ格式を認められ、北陸・東北一帯における曹洞宗の中核…
正法寺は曹洞宗開祖・道元から数えて六代目の禅僧・無底良韶により1348年に開かれ、東北初の曹洞宗寺院となった。道元が宋から伝え永平寺で確立した只管打坐の禅は、瑩山紹瑾・峨山韶碩を経て無底良韶に伝わり、当寺の開創を通じて東北一帯の曹洞宗布教の出発点となった。1350年に「出羽・奥州の第三本山」として永平寺・總持寺に次ぐ格式を認められたのは、道元の法系の正統な継承の証である。
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能