東京都中野区上高田に所在する浄土真宗本願寺派の寺院。応永年間(1394-1428年)、近江国愛知郡栗田(現・滋賀県愛知郡愛荘町)にあった駒井城の城主・駒井掃部介高植(こうしょく)と次代の駒井右近大夫宗高の父子を開基として近江に創建された。戦国末期から江戸初期の動乱を経て、寛永5年(1628年)に江戸市中(神田須田町)へ移転、江戸期は浄土真宗本願寺派の江戸府内寺院として檀家を集めた。明治末期の都心再開発に伴い明治42年(1909年)に現在の中野区上高田へ移転して現在に至る。当寺が全国的に知られる理由は、明和年間(1764-1772年)に江戸谷中の笠森稲荷門前の水茶屋「鍵屋」の看板娘として絶世の美女とうたわれた「笠森お仙(かさもりのおせん)」の墓が境内にあること。浮世絵師・鈴木春信が繰り返し描いた美人画で一世を風靡したお仙は「江戸三美人」の一人に数えられ、江戸の町人文化と浮世絵史を語る上で欠か…