曹洞宗に属し、山号を高根山と号する。天文元年(1532年)、武蔵国の豪族藤田氏十五代・藤田康邦を開基、乾翁瑞元和尚を開山として創建された。藤田氏の菩提寺として栄え、康邦の養子となった後北条氏の武将・北条氏邦が鉢形城主として帰依したことで寺勢は拡大した。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐の際には、鉢形城開城の交渉に関わる重要な場として機能したとされる。氏邦は慶長2年(1597年)に加賀国金沢にて没し、遺骨が当寺に帰葬された。境内の墓地には北条氏邦夫妻・藤田康邦夫妻の四基の墓が並び、埼玉県指定史跡に指定されている。