鎌倉幕府2代将軍源頼家の妻・若狭局(比企能員の娘)が開基した寺院に起源をもちます。建仁3年(1203)の比企能員の変で比企一族が滅び、夫の頼家が元久元年(1204)に修善寺で殺害された後、若狭局は故地の武蔵国比企郡に隠棲し、夫・息子一幡・比企一族の菩提を弔うため「大谷山壽昌寺」を創建したと伝わります。境内には若狭局が頼家への苦悩を蛇に巻き付かれたような苦しみに喩えて祈願したと伝わる「蛇苦止観音」が祀られており、比企西国三十三所観音霊場33番に数えられています。天正20年(1592)、旗本・森川金右衛門氏俊が寺を現在地に移転させ「扇谷山宗悟寺」と改称して森川氏の菩提寺とし、慶安元年(1648)に…