双六古墳
双六古墳
長崎県
壱岐・長崎県最大の前方後円墳、石室に船形の線刻画を秘める
創建
580 年
種別
古墳
参拝済
行きたい
アクセス
壱岐空港・郷ノ浦港から車で約20〜30分。丘陵上に所在するため見学時は歩きやすい靴を推奨(公式な発着バス停・所要時間の記載は確認できず)。
長崎県壱岐市勝本町立石東触81番地
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基本情報
古墳
創建 580
1446年目
概要
双六古墳は壱岐島中央部の丘陵上に築かれた前方後円墳で、墳丘長約91メートルと壱岐島・長崎県内で最大規模を誇る。6世紀後半頃の築造と推定され、対馬塚古墳に続いて営まれた壱岐首長層の墓とされる。埋葬施設は前室・玄室の2室からなる両袖式横穴式石室(全長11m)で、前室の側壁にはゴンドラ形(船形)の線刻画が刻まれている点が特色。副葬品には金銅製単鳳環頭大刀柄頭や精巧な馬具、ガラス製品のほか、中国・北斉産とされる二彩陶器や新羅産の土器も含まれ、6〜7世紀の東アジア交流を物語る貴重な資料として412点が国の重要文化財に指定されている。対馬塚古墳など周辺5基とともに「壱岐古墳群」として国史跡に指定されている。
由緒
6世紀後半、対馬塚古墳に次いで壱岐島に築かれた首長墓と考えられる。1981年に石室測量、1992年に長崎県教育委員会による調査、1997〜2000年に旧勝本町による本格的な発掘調査が行われ、多数の副葬品が出土した。出土品412点は2008年7月10日に国の重要文化財に指定され、2009年2月12日には対馬塚・笹塚・兵瀬・掛木・鬼の窟古墳とともに「壱岐古墳群」として国史跡に指定された。被葬者については、後世の文献に見える壱岐氏(壱岐直)の祖とする説、ヤマト王権が対新羅交渉に重用した人物とする説、527年の磐井の乱鎮圧に功があった人物とする説など諸説あるが確定していない。
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