仁和2年(886年)、聞鏡上人が現在地に聖観世音菩薩を安置し創建したと伝わる。正式名称は上野山福祥寺といい、真言宗須磨寺派の大本山として知られる。平安末期の寿永2年(1183〜1184年頃)、須磨は源平合戦の舞台となり、平敦盛と熊谷直実の一騎打ちの故事がこの地に刻まれた。境内に残る「敦盛塚」はその記憶を今に伝える。中世には武家や民衆の厚い信仰を集め、源平ゆかりの宝物が数多く寺に奉納・収蔵された。近世には江戸時代の文人にも親しまれ、近松門左衛門や松尾芭蕉らが参詣したと伝わる。明治以降も真言宗須磨寺派の本山として法灯を護持し、本尊の聖観世音菩薩は秘仏として丁重に護られてきた。現在も源平の歴史と文化…