『日本書紀』神功皇后摂政前紀によれば、三韓征伐に際し住吉三神が皇后の渡海を守護し、帰途「我が荒魂を穴門(長門)の山田邑に祀れ」との神託により、穴門直践立を神主として祠を建てたのが起源と伝わる。長門国一宮として歴代の武将・大名の崇敬を集めた。現在の本殿は応安3年(1370年)、周防・長門の守護大名大内弘世が寄進・造営したもので、五間社に合の間を挟んで連ねた九間社流造の特異な形式をもち、昭和28年(1953年)国宝に指定された。拝殿は天文8年(1539年)毛利元就の寄進による切妻造檜皮葺で、重要文化財に指定されている。例祭は12月15日で、これに先立つ御斎祭(おいみさい)では厳重な物忌みが守られる…