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諏訪大社
諏訪大社
長野県
創建
200
種別
神社
アクセス
JR中央本線茅野駅からバス約20分(上社本宮停留所下車)
長野県諏訪市中洲宮山1(上社本宮)
Google Map で開く ↗
基本情報
神社
創建 200
1826年目
御祭神・御本尊
建御名方神
たけみなかたのかみ
八坂刀売神
やさかとめのかみ
宗派
神社本庁別表神社(旧官幣大社)
ご利益
武運長久・勝運
厄除け・災難除け
五穀豊穣
勝負運・スポーツ必勝・試験突破の勝運。八幡宮や諏訪大社など武門の守護神に由来。
御祭神「建御名方神(たけみなかたのかみ)・八坂刀売神(やさかとめのかみ)」のご神徳に由来

お祭り・行事
2

4月
1
御柱祭
今月開催
7年に1度、巨木を山から曳き出し急坂を落とす日本三大奇祭の一つ。1200年以上の歴史。
もっと詳しく · 1
概要
信濃国一宮として全国に約25,000社ある諏訪神社の総本社。建御名方神(たけみなかたのかみ)と八坂刀売神(やさかとめのかみ)を主祭神とし、上社本宮・上社前宮・下社春宮・下社秋宮の四社からなる広大な神域を有する。創建は神話時代に遡るとされ、『古事記』『日本書紀』には建御名方神が国譲りで天津神に屈した後、諏訪の地に鎮まったと記される。縄文時代から諏訪湖周辺は祭祀の場であった可能性が指摘され、日本最古の神社の一つに数えられる。延喜式神名帳(927年)には名神大社・信濃国一宮として記載され、中世には武神として源頼朝・武田信玄ら武将の信仰を集めた。7年に一度行われる「御柱祭(おんばしらさい)」は山中から樅の巨木を切り出し急坂を曳き下ろす壮大な神事で、国の重要無形民俗文化財。住所は本宮で、JR中央本線茅野駅から路線バスで約20分、上社本宮停留所下車。
由緒
諏訪大社の創建年代は不明だが、縄文時代から諏訪湖周辺で自然信仰が行われていたとされ、日本最古の神社の一つと伝わる。『日本書紀』には建御名方神が大国主神の子として諏訪に鎮まったとの記述があり、古代から信濃国の中心的な聖地であった。奈良・平安時代には朝廷から篤い崇敬を受け、延喜式神名帳(927年)では名神大社に列せられた。中世には武神としての性格が強まり、源頼朝・武田信玄をはじめ多くの武将が戦勝祈願に訪れ、武田氏は特に深く帰依して社殿の造営・修復を支援したと伝わる。近世には徳川幕府の保護を受け、社領が安堵された。上社(本宮・前宮)・下社(春宮・秋宮)の四社体制が整い、7年に一度の御柱祭も江戸時代を…
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武田信玄とのつながり
武田信玄は諏訪大社上社を深く信仰し、合戦の際には必ず戦勝を祈願した。天文11年(1542年)に諏訪を支配するにあたり諏訪氏を滅ぼした後も、諏訪の神を守護神として崇め、自軍の旗印には「風林火山」とともに諏訪明神の神紋を掲げた。諏訪は武田氏にとって信濃支配の精神的支柱であり、信玄は社殿の造営・修復を継続的に支援した。
源頼朝とのつながり
源頼朝は鎌倉幕府を樹立する過程で全国の有力神社の支持を求め、諏訪大社にも所領寄進を行ったと伝わる。鎌倉武家政権下において諏訪大社は武神として一層の地位を確立し、信濃国守護として置かれた諏訪氏(神党)が幕府御家人として活躍した。

ゆかりの人物
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