高槻城の歴史は南北朝期に遡り、当初は高山氏・入江氏などが城主を務めた。戦国末期に城主となったキリシタン大名・高山右近(1552-1615年)の治世が最も劇的な転換点となった。右近は城内に天主堂を建立し、領民2万5千人を洗礼に導いたとされ、高槻はキリスト教布教の拠点となった。天正10年(1582年)本能寺の変後は豊臣秀吉に仕えたが、慶長19年(1614年)の禁教令により国外追放となり、マニラで客死した。江戸期には永井氏・松平氏ら譜代大名が歴代城主となり、要衝の摂津を守った。明治6年(1873年)の廃城令で建物はすべて取り壊されたが、現在は隣接する高槻市立しろあと歴史館で往時の遺物を見ることができ…