高槻市本町の幸松寺は日蓮宗の寺院で、法華経の信仰を守り伝えてきた。高槻本町は、江戸時代に高槻藩の城下として整備された市街地に隣接し、宿場・商業地として栄えた地域である。日蓮聖人(1222〜1282)は「末法の世には南無妙法蓮華経の題目こそ救いの道」と唱え、布教活動を通じて広く民衆に法華経信仰を広めた。幸松寺は近世以降、高槻城下近郊における日蓮宗の菩提寺として機能し、地域の「お題目信仰」の中心として法要・御会式を営んできたとされる。「幸松」の寺号は幸福と長久を願う意味合いを持ち、地域の安寧を祈る場としての性格を持つ。