承和9年(842年)、平安時代の公卿・小野篁が陸奥国へ赴任する途次に創建したと伝わる。倉稲魂命・保食神・稚産霊神を主祭神とし、古くから奥州街道の要衝・岩沼の地で旅人や地域住民の信仰を集めてきた。中世以降も地域の有力者から崇敬を受け、社勢を保ったとされる。近世に入ると、仙台藩初代藩主・伊達政宗が同社を深く崇敬し、社殿の修復に援助を行ったことが伝わる。以後、歴代仙台藩主の庇護のもと、竹駒神社は仙台藩の守護神としての地位を確立し、藩内における稲荷信仰の中心として栄えた。明治維新後も神社としての格式は維持され、近代以降は「日本三大稲荷」の一つとして広く知られるようになった。現在も年間百万人を超える参拝…