延暦20年(801年)、征夷大将軍・坂上田村麻呂が蝦夷征討の戦勝を感謝し、毘沙門天を祀ったのが創建とされる。田村麻呂は自ら掘らせたともいわれる岩窟に堂宇を営み、以後、東北随一の毘沙門天信仰の聖地として栄えた。平安時代末期、奥州藤原氏初代・藤原清衡の深い崇敬を受け、伽藍が大きく整備された。また、源義経が奥州へ落ち延びる途次に当堂へ参詣したとも伝わる。岩窟に刻まれた磨崖仏は田村麻呂の顔を模したとされ、「岩面大仏」として信仰を集めてきた。中世以降も藤原氏滅亡後の戦乱を経ながら法灯は継承され、近世には仙台藩の庇護を受けたと伝わる。明治期の廃仏毀釈の影響を受けつつも法灯は守られ、現在は天台宗系の達谷西光…