西糀谷4丁目に鎮座するこの天祖神社は、同じ4丁目内に存在する別の天祖神社とともに、このエリアの伊勢信仰の厚さを示している。江戸時代、伊勢講は農村・漁村コミュニティが代参者を伊勢神宮に派遣する組織として全国に広まり、地域ごとに天祖神社が勧請された。西糀谷4丁目においても、かつての農村コミュニティの複数の組が、それぞれ独立した産土神を持っていたと考えられる。羽田空港の整備に伴い羽田・糀谷周辺は大きく変貌したが、残存する住宅地の中で天祖神社は地域のアイデンティティを支える存在として残り続けた。現代においても、地域住民が初詣や年中行事で参拝に訪れる馴染み深い社として機能している。