名古屋市東区新出来に伽藍を構える臨済宗妙心寺派の禅刹で、山号は蓬莱山。全国から雲水(修行僧)が集まる同派屈指の専門道場(僧堂)を擁することで知られる。天正20年(1592年)、織田信長の次男・織田信雄が熱田に忠嶽和尚を招いて開いた前身「清涼山宝泉寺」に始まり、寛文2年(1662年)に昭和区石仏へ移って「蓬莱山徳源寺」と改称、寛保4年(1744年)に現在地へ移った。文久2年(1862年)、尾張徳川家の徳川慶勝の請により京都・円福寺の蘇山大和尚を迎えて雲水修行の専門道場が開単され、以後、峻厳な家風のもとで多くの高僧を輩出してきた。佛殿には銅製の涅槃像と五百羅漢を安置し、開山堂の天井には川合玉堂筆の雲龍図を掲げる。修行道場のため一般拝観は制限される場合があり、参拝は静粛に。
徳源寺の起源は、天正20年(1592年)に織田信長の次男・織田信雄が熱田の地に忠嶽和尚を招いて開いた「清涼山宝泉寺」にさかのぼる。織田家ゆかりの禅刹として営まれたのち、寛文2年(1662年)に名古屋・石仏(現在の昭和区)へ移り、山号寺号を「蓬莱山徳源寺」と改めた。寛保4年(1744年)には現在の東区新出来へ移転している。尾張徳川家からも所領を安堵された名刹で、幕末の文久2年(1862年)、藩主・徳川慶勝が高徳の禅僧の家風を慕い、京都八幡の円福寺から蘇山大和尚を請じて雲水修行の専門道場(僧堂)を開単した。以来、綿密かつ峻厳な家風によって多くの高僧を世に送り、現在も全国から集まった修行僧が厳しい修…
よくある質問
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徳源寺の宗派は?
臨済宗妙心寺派の禅寺で、山号は蓬莱山です。全国から雲水が集まる同派屈指の専門道場(僧堂)を擁します。
誰が建てたお寺ですか?
天正20年(1592年)、織田信長の次男・織田信雄が熱田に忠嶽和尚を招いて開いた前身「清涼山宝泉寺」に始まります。のちに尾張徳川家ともゆかりの深い名刹となりました。
拝観・参拝はできますか?
現役の修行道場(僧堂)のため、一般の拝観は制限される場合があります。参拝の可否や行事は事前に確認し、境内では静粛にお参りください。
アクセス・最寄り駅は?
JR中央本線「大曽根」駅から徒歩約15分、名古屋市東区新出来に鎮まります。