慶安元年(1648年)、江戸幕府は浦賀港入口の岬に燈明堂を建設した。浦賀水道は江戸湾への玄関口にあたる海上交通の要衝であり、幕府は航行する船の安全確保を目的として本施設を設けた。堂内では菜種油を燃やして光源とし、夜間は燈台守が常駐して灯火の維持に当たった。以来、約220年にわたって浦賀水道を往来する内外の船舶を導き続けた。明治維新後、近代的な灯台建設が推進される中、明治5年(1872年)にフランス人技師フランソワ・レオンス・ヴェルニーの設計による観音埼灯台が完成したことに伴い、燈明堂はその役割を終えて廃止された。その後、建物は老朽化・崩壊が進み長く廃墟状態となったが、昭和43年(1968年)に…