宇和島城の地には、中世より城館が存在したとされる。近世城郭としての築城は慶長6年(1601年)、築城の名手として知られる藤堂高虎によって着手された。三方を海に囲む天然の地形を巧みに利用した海城として設計され、当時は「板島丸串城」とも呼ばれた。元和元年(1615年)に伊達政宗の長子・秀宗が宇和島藩10万石の初代藩主として入封すると、城の改修と城下町の整備が本格的に進められた。2代藩主・伊達宗利の時代、寛文11年(1671年)頃に現存の三重三階天守が建て替えられたとされ、以降は伊達家の居城として明治維新まで機能した。明治維新後は廃城令(1873年)の対象となったが、天守をはじめとする主要建造物は取…