創祀年代は不詳で、浪速(現在の大阪)に初めて都を定めた第16代・仁徳天皇の仁政と遺徳を偲び、蒲生の村民が神祠を勧請して創建したと伝わる。「西向八幡」の通称で地域に知られる。『応仁記』には、文明14年(1482)、畠山政長が畠山義就を河内守口城に攻めた際、当社に戦勝成就を祈願したと記される。大坂冬の陣(1614年)には、徳川方についた佐竹義宣が境内に陣を張り、戦勝を祈ったと伝えられる。境内にはかつてクスノキの老大樹が神木として崇敬され、1997年(平成9年)にはクスノキ・ムクノキなど11本が大阪市保存樹林に指定された。