平塚市中里に鎮座し、旧「上平塚」の鎮守として崇敬されてきた古社。主祭神は素盞嗚尊で、疫病退散・家内安全・五穀豊穣の守り神として地域の信仰を集める。社伝では文応元年(1260年)の創建と伝わり、元和元年(1615年)に疫病が大流行した折、疫病除けの神である牛頭天王を勧請して「牛頭天王社」として社殿が建てられたとされる。天保十二年(1841年)成立の『新編相模国風土記稿』には当社が「梵天社」として記され、相殿に八幡・春日の二座を祀り、かつて天台宗の宝積院が別当として管理したとある。明治三年(1870年)の神仏分離令により近郷の数社を合祀し、素盞嗚尊を主祭神とする「八雲神社」と改称した。毎年七月の夏祭りでは、疫病退散と五穀豊穣を願って神輿が地域を渡御し、中里・上平塚一帯に夏の到来を告げる。
平塚市中里に鎮座する八雲神社は、旧「上平塚」の鎮守として古くから崇敬されてきた社である。社伝によれば文応元年(1260年)の創建と伝わる。元和元年(1615年)、当地に疫病が大流行した際、疫病除けの神である牛頭天王を勧請して「牛頭天王社」として社殿が建立されたとされる。牛頭天王は神仏習合のもとで素盞嗚尊と同一視され、各地で疫病退散の守護神として広く信仰を集めた。天保十二年(1841年)に成立した地誌『新編相模国風土記稿』には、当社が「梵天社」として記され、小字上平塚町の鎮守で神体は木像、相殿に八幡・春日の二座を祀り、天台宗の宝積院が別当として管理したと記録されている。明治三年(1870年)、明…