左馬社は、鎌倉時代初期の1200年(正治2年)頃の創建と伝わる。相模十二社「左馬七社」の一つとして、源頼朝の父・源義朝を祭神とし、境川流域に点在する七社の信仰圏を形成する古社である。中世には相模源氏ゆかりの地として、武家や在地領主の崇敬を受けたとされる。境川流域には相武台・綾瀬・海老名方面にも同系統の左馬社が分布しており、一帯が源氏信仰の拠点として機能していたと考えられる。近世・江戸期には下和田の鎮守社として地域住民の信仰を集め、村の守護神としての役割を担ってきた。明治時代の神仏分離・廃仏毀釈の流れの中でも社格が整理・維持され、地域の氏神として現在に至る。現在も下和田の鎮守として祭礼が継承され…